シチュー
保坂和志『季節の記憶』で一番美しいのは、この主人公がスープをつくる習慣を持っているということで、この前バイトの女の子が「さかねさん、今日シチュー作ったんですけど、火をちゃんと消したかどうか覚えてなくて、気が気でないんです」と言ってきたのだけど、そういうシチュエーションになかなか出くわすことのない僕は「えっ、それは大変だね」と言う以外は特に何も言えなくて、それを省みたのだけど、その僕の気の利かなさとは別に、いやそれ以上に「シチューをつくることの美しさ」を改めて感じたのだった。
今の僕は比較的まめに自炊をしている方だけど、自炊というには淋しすぎる、お粗末な内容で、主力の食材はと言えば冷凍食品で、「最近の冷凍食品はいける!」なんて感心している場合ではなく、スーパーの冷凍食品半額デーを逃さず買い込んでいる場合でもなく、やはりこの貧しさを痛感すべきなのである。
物(ぶつ)としての玉ねぎ、にんじん、キャベツは美しい。前をゆく主婦の買い物袋につめられた野菜たちを眺めながら、そして冷凍チャーハンを8袋も買い込んだ自分の買い物袋を眺めながら、つくづく思う。
梶井基次郎『檸檬』のような美しい作品は、冷凍チャーハンからは決して生まれない。
ああ、シチューの番人になりたい。
(初出 2006年9月8日)
※ photo by montrez moi les photos
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《次回更新予定日 2008年3月 8日》
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